リハビリをするにも、何をするにも、意欲がなければ効果の期待はできません。何をするわけでなくても、自分の親御さんが毎日ぼーっと過ごしているのを見続けるのも辛い。そんな悩みが解決する方法があります。しかも、ケアプラン作成にも役立ちます。今回は高齢者のやる気を引き出す方法についてご紹介します。
まずは多数決の社会を理解する
社会は多数決でできています。例えば、利き手。社会は多数決によって、右利きの方が生活しやすい。エレベーターのボタン、パソコンのキーボードやマウス、改札機、自動販売機など、例をあげたらきりがありません。
平成29年3月1日現在、総人口1億2675万5千人のうち、65歳以上人口は3484万人。約27%が高齢者です。(出典:「人口推計(平成29年(2017年)3月確定値」総務省統計局)
高齢者の割合が増加するに伴い、バリアフリーの施設が増加しています。エレベーター、点字、スロープ、多目的トイレ、階段昇降機、乗り物の車椅子スペースなど、さまざまな設備が設置されるようになりました。高齢化によってバリアフリーの普及率が増加した形です。これも多数決。
高齢者の方々は、左利きの人以上に不自由さを感じ、段差や階段、坂道などでその都度恐怖すら感じているのです。街や施設全てがバリアフリーではありません。実際に外出した際、車椅子の方や高齢者を見かけることがどれだけあるでしょう。あまり見かけないはずです。バリアフリーの施設ですら少数。人口の27%が高齢者なのにも関わらずです。
外出すれば常に少数派として切り捨てられる高齢者。多数決の欠点は、少数派を抑圧してしまう点にあります。体が不自由になればなるほど、さまざまな思いを抑制され続けるのです。
そのつもりでなくても、私たちの社会は体が不自由な方たちの心を押さえつけ、やる気を削っていること、理解しておかなければなりません。体が不自由になり、急にできないことが増加して、いろいろなことを失敗するようになったり、恐怖を感じるようになる。やる気を失うのは当然です。
安定という魅惑を理解する
この記事を読んでいる方は、親御さんの意欲がないことを改善したいと考えている方。改善を望むのは、親御さんの変化を期待してのことでしょう。では、あなたは今の生活を変えるための努力、どれくらいできているでしょうか。
人にとって現状を変える行動は非常に苦痛です。時間がないからはただの言い訳。思い返して見てください。たくさんの時間があった学生時代、満足な努力ができていたでしょうか。もし仮に有給休暇を10日間使ったとして、どれだけ努力の時間に当てることができるでしょうか。
意欲のない高齢者にとって、変化をすることは私たち以上に苦痛です。時間だけはたくさんあるので、時間がないとの言い訳はできません。思うように体は動きませんし、動かす都度に痛みを感じる方もいるはずです。誰もが現状に不満を持っています。それでもなお変化する努力ができません。目の前の苦痛に耐えてまで、変化を望んでいないのです。
そこまで必要としていないから、諦めているから、先が短いから。そして、安定という魅惑に勝てないからです。誰もが目指す安定は、苦痛を伴う目の前の変化の先にあるのです。安定の前には必ず不安定が存在します。忙しい、疲れている、私には無理などと、気がつかないうちに誰もが目の前の不安定から目を背けているはずです。
なりたい自分・理想と今の自分に折り合いをつけられるよう支援する
理想と現実の幅は、なかなか狭くなってくれません。成長し続けることができたとしても、その時にはもう理想はかなり先を行っています。近づこうとしても、遠ざかっていくばかりです。
親御さんもまた、日々理想と追いかけっこをしていたことでしょう。しかし、あるとき急激にその理想から離されることになるのです。まるで崖から転落したような気分。積み上げてきた全てを、横から訳も分からないうちに壊された悪夢。順調に「成長」してきた人生が、「老化」に変わる瞬間です。茫然自失の状態に落ちっても無理ありません。
ですがそれは親御さんの勘違いです。確かに、身体的な部分に関しては転落したのかもしれません。赤ちゃんの頃と同様、歩く練習から始めなければならないのかもしれません。しかし、親御さんのしてきてくれたことすべてが、なかったことになったわけではないのです。
その証明があなたです。あなたが立派に成長し、子供を育て、高齢者になった親御さんを思ってこの記事を読んでいます。これが親御さんの人生の中で一番の成果です。恥ずかしいかもしれませんが、親御さんにそれを素直に伝えましょう。「ありがとう。愛しています。」と。
高齢者になっていようが、要介護状態になっていようが、あなたにとってそんなこと、関係ないはずです。あなたにとって大切な親御さんであることに変わりないのです。あなたが今まで愛情をそそがれてきたように、その恩返しをするチャンスです。言葉にして伝えることで、今の自分でも良いんだと思ってもらいましょう。その上で、またなりたい自分・理想を目指す支援をして行きたいと伝えるのです。
自己実現の段階に合わせたゴールを設定する
上の表は、「マズローの欲求段階」「自己実現理論」と呼ばれるものです。アメリカの心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したもの。
自己実現に向かって成長するので、三角形の頂点を目指して人は成長していくということです。親御さんが現役だった頃、どの段階にいたのかはわかりません。しかし、高齢者になって心身状態が悪化してくると急激に「マズローの欲求段階」から落とされます。
どこまで落ちるかも人それぞれです。気が付いた時には病院で、食事や排泄などを自分一人ではできない体になっており、生理的欲求すら満足に得られない状態まで落ちてしまう方もたくさんいます。
親御さんが健康だったときは、頑張れば頑張っただけ社会に必要とされ、人に愛され、他者からの尊敬を得られるなど、順調に成長していたかと思います。高齢者になると、その順調な成長ができなくなります。
急に落とされ、頑張っても成長ができなくなるのです。老化による衰えは早く、基本的に成長はあり得ないからです。このような状態で、何をやってもうまくいかず、どんどんどんどんできないことが増えていく。やる気が出るはずありません。
高齢者の環境は、やる気がなくなるに適しています。周りにいる家族の支援がなければ、ただただ衰えていくばかり。そのようなやる気のない状態で、段階を超えるような要求、または説教をしては逆効果です。
例えば、外出することを嫌がっている親御さんに対し、「デイサービスや老人福祉センターに通って、友人と楽しんだり気分転換してきたら。」と勧めても急にはうまくいきません。外出を嫌がる理由を無視しているからです。段階的に解決していく必要があります。
外出を嫌がる理由はさまざま。自分一人で上手に食事ができず、食べこぼしの多い方でしたら、それを恥ずかしがっているのかもしれません。外出先で食事があったら、汚く食べこぼしてしまう。誰だって恥ずかしいのではないでしょうか。
排泄も同じ。自分で上手にできないのに、外出先でトイレに行きたくなったらどうするのか。他にもあります。恥ずかしくて誰にも言ってないだけで、外出するたびに転んでいた方、階段の途中で休むようになってしまった方、坂の上り下りが怖くなってしまった方。外出が怖くなっているのです。
このように、さまざまな理由があって外出を嫌がっているのです。生理的欲求に対する心配がある方でしたら、まずその心配を排除することをゴールに設定(「生理的欲求」を満足する形で確保することをゴール)しなければなりません。
危険や健康、金銭的理由で外出を嫌がっているのであれば、まず「安全欲求」の確保をゴールにしなければなりません。「生理的欲求」や「安全欲求」が満足でない方に、いきなり「社会的欲求」に関することを要求してはいけません。
また、適切なゴールを設定するには、普段からよく親御さんの行動に目を向けていなければ気がつくことができません。自分の子にはいつまでも威厳を示していたいはずです。そうでなくても、トイレや歩行など、誰もが不自由なくできるはずのことができなくなったと、素直にはいいづらいはずです。言ってくれないから仕方がないではなく、気づいてあげなければなりません。
達成可能なほど細かく分割して目標を設定する
目標は、親御さんのやる気、心身状態に合わせ、達成が容易になるよう、かなり細かく分割して設定します。達成可能かどうか判断できるよう、目標を数値化、見える化します。数学が苦手な中学1年生であれば、小学1年生の算数から。英語が苦手な高校1年生であれば、中学1年生の英語から。立ち上がりに不安のある方であれば、1日1回の立ち上がりから。
急がなくて良いので、達成が容易である目標をたくさん、細かく分割します。達成を繰り返すつど、楽しくなりますしやる気が出てきます。失敗を繰り返すと人はやる気を損ねます。逆に、成功を繰り返せばやる気が出てくるのです。簡単すぎてもダメです。コツは、ほんの少しの背伸びで達成可能な程度に設定することです。
成功を繰り返すためには、親御さんのその時の状態把握がキーポイントになります。状態に合わないゴールや目標設定は、やる気をそこねる原因にしかなりません。小さな目標からコツコツと達成し、ゆっくり一歩づつ徐々にゴールに近づけるのです。
目標を選択・集中する
例えば、「安全の欲求」を満たすため、目先、事故と病気の両方を満たさなければならないとします。痩せすぎで風邪をひきやすく、筋力が弱くてよく居室で転倒してしまう親御さんだとします。
家族側や介護保険サービス提供事業者側が、無理ない程度に努力を増やす分には問題ありません。食事の内容や水分摂取量、空調管理などの改善。親御さんの努力分に関しては、筋力強化を後回しにして、太る努力にだけ集中してもらうといった形です。
思い切って体重増加だけを選択し、その目標だけに集中するのです。5兎を同時に追うより、4兎を。4兎を同時に追うより、3兎を。2兎を同時に追うより、1兎です。その方が目標達成が確実だからです。
やる気のない高齢者の場合、楽しく感じてもらうことであったり、やる気になってもらうことが先です。達成感を積み重ねてもらうためには、選択と集中を行い、成功確率をできる限り高めることが重要。「好きな食事を1月に5つ見つける」など、楽しく心地よく容易に達成できる目標から始めましょう。
長所を目標にする
多くの人々がまず弱点に目を向けます。一つ二つ程度の長所なんて見向きもされません。弱点があることを悪だと決めつけ、長所があっても長所を褒める方がまずいないのです。それが理由からか、長所はもうできているから必要ないと考えているからか、目標の対象を弱点克服にしてしまいがちなのです。
しかし、意欲のない方にとって弱点を克服できるほどの根気など、あるはずもないのです。ですから、長所に関連する部分に目を向け、それを目標とします。体を動かすことを苦手としていて、編み物などを得意としている方でしたら、単純に「孫にマフラーを1つ編んでもらう。」などのような目標です。
目標に到達するための道具を揃える
目標を設定したら、それに必要な道具を揃えます。親御さんが使う道具です。専門家の意見も取り入れ、親御さんの意見を尊重したものを選びましょう。形から入る方は少なくありません。ケチらず良い道具を揃えれば、それだけでやる気になってしまう、素直な方も中にはいらっしゃいます。
知識と能力の違いを理解する
道具などの環境が整ったら練習を始めます。もちろん練習は、目標とゴールを意識しながら行う必要があります。ただし、教えたらすぐにできると勘違いしてはいけません。会社での教育担当など、「さっき教えたでしょう。」とおっしゃる方が多くいます。しかし、教えてすぐにできる方はまずいません。高齢者であればなおさらです。
知っている、イコール、できるではありません。どんなに簡単なことであっても、何度か体験しなければ迷わずスムーズに行うことはできないのです。知識(知っている)と能力(できる)は異なります。それを理解しておきましょう。
非難・批判・否定の呪いを理解する
非難・批判・否定は、呪いと同じです。尿もれが気になりだしたばかりの高齢者がいたとします。外出中、周りに多くの人がいる中、おしっこを漏らしてしまったとします。
漏らしたことに気づいた方、気づかなかった方。気づいても興味なく通り過ぎていった方、声を出して何かを言ってしまった方。無言の視線を浴びせた方。さまざまな反応があったことと思います。言葉に限らず、非難・批判・否定的な反応は、人の心に大きな傷を刻み込みます。
心に刻まれた大きな傷は、まず癒えることはありません。自信を失い心を閉ざします。高齢者は、衰えていく自分に、すでに自信を喪失している状態。より傷つきやすい状態にあるのです。非難・批判・否定的な発言、反応を控えるようにしましょう。非難・批判・否定は、意欲を削ぐだけの呪いです。いつまでも長く心をむしばみ続けます。
同じゴール・目標を目指すチームを作る
小さな成功体験であっても、積み重ねれば大きくなります。成功の積み重ねは、数回であっても心に変化を与えるのです。たとえ3ヶ月という短期間であっても、毎週小さな成功を積み重ねたとしたら、3ヶ月後には12回程度の成功が積み重なっているはずです。
この頃になったら、家族、友人、ホームヘルパーなども巻き込んで、共通のゴールや目標を設定するのです。例えば、「3ヶ月に1レストラン、あなたと孫と親御さん共通の、好きなレストランを見つける。」「あなたと孫と親御さんが協力して、「太鼓の達人」の1曲綺麗に演奏する。」「あなたと孫と親御さんが協力して、月に1回、昭和の食卓レシピを再現する。」などの目標です。
上の例では、家族とだけ協力する形のものだけですが、友人など家族以外の方など、徐々に巻き込む範囲を広げて行く形です。チームとしての達成感は、一人で得られる何倍もの達成感や喜びを得ることができるでしょう。やる気も一人で得られるものより何倍も大きいはずです。
目標達成のご褒美は贅沢な外食
食は健康の基本です。義務的な外出、外食は楽しくありませんが、目標達成に対する報酬としての外食なら楽しめるはずです。例えば、目標達成数に応じて、3ヶ月に1度、家族で贅沢な外食に行くといったご褒美です。
親御さんは、美味しい食べ物を食べることができ、外出することで大きな刺激も得られます。設備や施設、風景、喧騒に至るまで、全てが刺激になります。視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、五感が刺激され、元気になれます。ここまでできたら、やる気を引き出す目的はもう達成できているはずです。親御さんの方から、次の外食の提案を受けるかもしれません。
いかがでしたか。今回は高齢者のやる気を引き出す方法についてご紹介しました。親御さんの現状に合わせた適切な目標設定ができれば良い結果を得ることができます。この方法は、上手に目標を設定する方法ですので、良いケアプランを作ることも可能です。ぜひ参考にして見てくださいね。