運転に不安を感じる高齢者でも自家用車に依存するしかない日本の環境

  • 2018年4月19日
  • 2018年4月20日
  • 住まい

 現状の日本は高齢者に優しいとは言えません。「原因追求」し、対策を講じているのは、比較的否定されがちな国の方です。高齢者のせいだと「責任追求」し、高齢者を「犠牲」にする発言をしているのは国ではありません。

健康な人と同じように生活できない人は、「責任追求」され排除されていかなければならないのでしょうか。健康な人たちも、いつか障害を持ち、高齢者になります。その時、同じように「責任追求」され排除される対象にされたらどう感じるのでしょうか。

今回は、運転に不安を感じる高齢者でも自家用車に依存するしかない日本の環境についてご紹介します。

高齢者が運転する乗り物の事故より10代と20代の方が多い

高齢者が運転する乗り物の事故より10代と20代の方が多い

出典:『平成28年における交通事故の発生状況』警察庁交通局

 原動機付自転車、自動二輪車、自動車、様々な乗り物がありますが、警察庁交通局の調査によると、69歳以下の年代では事故が減少傾向にあります。

70〜79歳はほんの少しづつ減少し、80歳以上だけちょっとづつ増加していますがほぼ横ばい。最も多い年代は20〜29歳で、最も少ない年代は80歳以上です。しかし、上の表だけで判断するには不公平です。年代別に人口の数が異なるからです。

平成28年における交通事故の発生状況

出典:『平成28年における交通事故の発生状況』警察庁交通局

 次の表に関しては平等です。年齢層別免許保有者10万人当たりの交通事故件数の推移です。全ての年代の人口を10万人だと仮定した場合の事故数だからです。

こちらの表で見ると、最も事故件数の多い年代は16〜19歳で圧倒的です。事故割合として最も多い年代が16〜19歳ということになります。上の表、下の表、両方を見て分かる通り、どの年代も事故数だけでなく事故割合も減少していることがわかります。

日本の人口推移

出典:『日本の人口推移』厚生労働省

 ここで注目して欲しいのは、65歳以上の年代だけ、人口が増えている点にあります。上の表は、厚生労働省が公表する『日本の人口推移』です。64歳以下の年代は減少傾向にありますが、65歳以上の年代は増加しているのです。

それにもかかわらず、65歳以上は全て事故割合が減少しているのです。

しかし、報道では明らかに高齢者による運転事故だけに注目が集まっています。「高齢者ドライバーによる事故」「高齢者運転によるふみ間違い」など、最も事故を起こしているのが高齢者であるような報道内容です。

高齢者のせいだと責任追及し、犠牲にする考え方に疑問

 便利なものには全て副作用が存在します。人を幸せにするためにある道具は全て、使い方を誤ると、人を不幸にしてしまうのです。

その便利な道具の一つが乗り物。交通事故による被害者は後を絶ちません。馬車などのように、移動に便利で時短可能な乗り物ができた時代から繰り返されてきたのでしょう。

乗り物による事故の被害者は、運転する人だけではありません。同乗者はもちろんのこと、運転者たちとはなんら関係ない方々をも巻き込んでしまうのです。「理想」は無事故ですが、「現実」との差、「問題」が大きいのです。

 高齢者による事故が注目を集めています。なんら罪もない人を巻き込む高齢者の運転はおかしいと、規制をかけるべきという安易な考え方があります。

しかし、この考え方はおかしいと考えます。最も事故を引き起こす可能性の高い年代だけを規制するというのであれば、本来まず規制されるべきは16〜19歳の年代になります。

仮にもし、65歳以上の方は全て運転を禁止にするといった規制をかけ、65歳以上の方々に「犠牲」になってもらったとします。次に問題視されるのは16〜19歳の年代です。いくら人に問題の責任を追及しても、原因の追求と解決をしない限り意味はないのです。

職場でも社会でも、気がつかないうちに人に注目が集まり、「責任追求」しています。それで「問題」が解決したことがあったのでしょうか。ミスをたくさんする人をクビにしたところで、他の人がミスをしないとは限りません。

「原因追求」し、原因の排除もしくは抑制する必要があるのです。そもそも道具は人のために作られています。人が中心にもかかわらず、「問題」が生じた時に、道具の排除や改善するのではなく、人を排除する選択肢を取る方が問題です。

映画、ドラマ、アニメ、漫画、様々なコンテンツで投げかけられていた「犠牲」という問題。主人公たちは、最も難しく理想的選択肢「誰も犠牲にしない。」という全てを救う選択をしています。誰もがそのような勇者になりたいでしょうが、これは不可能です。現実は、必ず誰かが「犠牲」になっています。

では、生産性のない高齢者はいつでも「犠牲」にならなければならないのでしょうか。街は平らではなく、段差などのバリアだらけです。たくさんの飲食店がありますが、刻みメニューやミキサーメニューはありません。必ず多目的トイレがあるわけでもありません。

高齢者にとっては住みづらく、いつでも「犠牲」になっています。健康な人が中心で、健康な人と同じように道具を扱えないのであれば、その道具を取り上げる。ずいぶんと傲慢な考え方だと感じます。

交通機関などの環境整備や貨物運送業による旅客運送などの対策を考える国の方がよっぽど人道的です。「理想」と「現実」の差を、高齢者の排除だけでどれだけ埋めることができるのでしょうか。その大きな差を埋める方法は、人を「犠牲」にするだけで解決するのでしょうか。

もし「犠牲」が必要なのであれば、誰がその「犠牲者」になれば良いのでしょう。それを選ぶ権利を持っている人はいないはずです。

「徒歩」を選ぶことができない理由は様々 自家用車がなければ買い物できない人もいる

 お金が足りないから、自由にタクシーを乗ることができません。公共交通手段がないから、選択肢にもなりません。であるなら、「徒歩」で買い物に行けば良いのではと思うかもしれません。しかし、それも現実的ではないんです。

全世帯平均と比較して250万円も低い高齢者世帯

全世帯平均と比較して250万円も低い高齢者世帯

出典:『高齢者の生活・外出特性について』国土交通省

 平成26年度における、高齢者の1世帯当たりの平均所得金額297.3万円。全世帯平均541.9万円と比較すると、約250万円も低い水準です。

年収300万円の方であればより理解できるかと思いますが、日々の買い物にタクシーなどの交通手段を選択するには心もとない年収です。

500m圏内における小売店の有無は、中都市5割、小都市4割、町村3割

500m圏内における小売店の有無は、中都市5割、小都市4割、町村3割

出典:『高齢者の生活圏と移動手段』内閣府 中央大学大学院戦略経営研究科教授 佐藤博樹 調査

 『高齢者の生活圏と移動手段』によると、高齢者の徒歩圏を自宅から500メートル圏内とした場合、圏内にある「コンビニ」「スーパー」「商店街」などの商業施設は、大都市では約7割ありますが、中都市でも約5割、小都市約4割、町村にいたっては約3割しかありません。

言い換えると、大都市では約3割、中都市で5割、小都市で6割、町村では7割もの高齢者が買い物で困っていることになります。

7割以上の高齢者が自分で買い物に行く

高齢者の生活圏と移動手段

出典:『高齢者の生活圏と移動手段』内閣府 中央大学大学院戦略経営研究科教授 佐藤博樹 調査

 高齢者の7割以上が自分で買い物しています。家族に頼むにしろ、まず近くに住んでいなければ日々のお買い物を頼むことができません。仮にもし近くに住んでいたとしても、仕事に育児に忙しい現代人では、親御さんの買い物をすることは現実的ではありません。

移動販売率が低いのは、サービスがまだ少ないから、もしくは知られていないからといった理由が考えられます。ネット販売に関しては、スマホやタブレットなどの使い方を覚えなければ、なかなか増加しません。

知人や友人、近隣の人にお買い物をお願いする場合、揉め事に発展する恐れがあります。私の家族がこれをしていましたが、忙しいことを理由に非協力的だったお子さんがその高齢者宅に訪問した途端、問題に発展しました。

ヘルパーの買い物支援は、万能ではありませんし、要介護認定を受けていなければそもそも利用することができません。家事代行に関しては、価格が安くないので、年収を考えるとお願いするには厳しいでしょう。

こうなると、現実的な買い物の方法は、「自分で行く」といった選択です。仮に、他に選択肢があったとして、誰もが自分で買い物に行きたいと思うのではないでしょうか。自分の買い物を他人に見られることに何も感じない方はあまりいません。

自分で買い物に行く場合の方法は、大都市で徒歩約5割、中都市以下で自動車約6割以上

自分で買い物に行く場合の方法は、大都市で徒歩約5割、中都市以下で自動車約6割以上

出典:『高齢者の生活圏と移動手段』内閣府 中央大学大学院戦略経営研究科教授 佐藤博樹 調査

 大都市では、自分で買い物する場合の方法は「徒歩」が約5割です。「自分で自動車等を運転」される方は、約3割しかいません。

中都市になると、「徒歩」で買い物する人がなんと約27%に減少します。「自分で自動車等を運転」する方が約58%に上昇するのです。

小都市と町村に関しては、「自分で自動車等を運転」する方が約7割に跳ね上がります。「公共交通機関」は、小都市と町村では選択肢にすら上がらないでしょう。現在様々な対策を国が行ってる最中です。

75歳以上の38%が無理なく休まずに歩ける距離は500m

75歳以上の38%が無理なく休まずに歩ける距離は500m

出典:『高齢者の生活・外出特性について』国土交通省

 国土交通省の『高齢者の生活・外出特性について』によると、無理なく休まずに歩ける距離は500m以内だと75歳以上の38%が回答しています。足が上がらなくなる感覚。痛くて痛くてどうしようもない感覚。高齢者や障害者にならないと、本当の意味では理解できないかもしれません。

65歳以上の方でも26%。しかし、小都市では約6割、町村では約7割が500m以内に小売店がないのです。500m地点にあったとしても、行きは良いですが帰りはさらに大変。

小売店で休んでいかなければなりませんが、休憩所がある「コンビニ」や「スーパー」とは限りません。また、買い物した荷物がありますので、帰りは重くて、余計に足腰に負担がかかりますし、時間もかかるのです。

最も足腰に負担のかからない移動手段は「タクシー」です。荷物を置くスペースがあるので、帰りも安心です。しかし、金銭的な問題があるので、次に安心な手段「自動車など」になってしまうのです。

「徒歩」が最も恐怖。途中で帰ってこれなくなる恐れ。救急対応など、人に迷惑をかけてしまう恐れ。屋外の「徒歩」での移動は、恐怖しかありません。

500m以内に小売店があっても、道の途中に階段、段差、傾斜、違法駐車、放置自転車がある

 もし仮に、運よく500m以内に小売店があったとしても、「歩行」を選択できるとは限りません。小売店へ向かう道の途中に、階段、段差、傾斜、歩道が狭いなどの障害があればそれだけで転倒などの事故につながる恐怖があるからです。

屋外で転倒すれば、そのまま救急対応になる可能性があります。なぜなら、高齢者の多くが骨粗鬆症なので骨折してしまうのです。骨折までにはいたらなくとも、運動能力が低下しているため上手な受け身をとることができません。

体も脆くなっているので、骨折じゃなくたってその後歩ける可能性はとても低いのです。歩けたとしても、買い物に行くのを諦め、二度と「徒歩」では買い物に行かなくなるでしょう。

500m以内に小売店が7割以上もある都心部にも問題があります。違法駐車、放置自転車の問題です。都心部は、比較的バリアフリーの整備が行き届いていて、近所にもお店が多い傾向にあります。

しかし、車の通りが激しく、違法駐車や放置自転車があるだけで、バリアフリーの道を歩くことができなくなる恐れがあるのです。高齢者の車の運転を禁止する前に、足腰の不自由な方々のことを意識して、「徒歩」でも外出しやすい環境整備の方が先なのではないでしょうか。

300mごとにベンチや椅子、トイレがない

 健康な方であれば、たった500mの距離はなんら問題ありません。休憩も必要ありませんし、もしトイレに行きたくなっても、500mくらいであれば我慢できるくらいに歩行スピードが速いはずです。

しかし高齢者の場合はどうでしょう。もともと足腰に不安があったり、痛い状態です。歩行スピードも遅いのです。もし仮に、300mごとにベンチや椅子があれば、休憩しながら、安心したお買い物ができるのです。

また、もし途中でトイレに行きたくなったらどうでしょう。歩く速度を速めることなどできません。漏れてしまいそうになり、ソワソワと焦りながら歩行することになります。その焦りで転倒してしまう可能性がどれだけ増加するでしょうか。間に合わず、お漏らししてしまうこともあるでしょう。

もしトイレが理由で、転倒してしまった方。お漏らしをしてしまった方。なんとか間に合ったかた。自分だったらどうでしょう。二度と「徒歩」で買い物には行きたくなくなるはずです。自信を喪失してしまうことでしょう。

照明が少ない

 照明の問題は、大きいか小さいかだけで、大都市でも町村でも同じようにあります。大都市の場合、街灯がない場所はあまりないかもしれません。しかし、街灯と街灯の間は暗いはずです。

高齢者は、明暗差に対応できないほどに視力が低下しています。暗いと、全てが真っ黒にしか見えません。真っ暗闇を歩くのと同じです。それはただの恐怖でしかありません。

若い方であれば、多少暗くても段差や障害物に気がつくことができるかもしれませんが、高齢者では少し暗いだけでも気がつくことができません。

もし、なんらかの理由で帰りが遅くなってしまったら、「徒歩」で帰るのはとても難しくなります。一度そのような体験をしてしまったら、安心して買い物に行くことができなくなってしまいます。

まとめ:高齢者の自動車等の運転を規制しても加害者が変わるだけ

 「高齢者」の運転免許に規制をとおっしゃる方がたくさんいます。「認知症」の方や65歳以上でなんらかのテストに不合格した方ではなく、「高齢者」とひとくくりに表現します。

しかし、高齢者全体に免許規制との発言をされる方の多くは、規制した後の対応をどうするかといった内容の発言がないように思います。また、「高齢者がまた事故」のようなタイトルで高齢者の事故が増加しているように表現します。

「原因追求」して、その対策を講じているのは、否定されがちな国です。また、高齢者が住みやすい環境の構築を考え、実際に行動しているのは建設やITC、運送や介護などの企業とご家族です。

「高齢者」が原因だと、なんの根拠があっていっているのでしょうか。それは「原因追求」ではなく、ただの「責任追求」ではないでしょうか。高齢者が悪い。政治家が悪いとはいいますが、システムの改善や道具の改善、手段の増加を急がなければという方はとても少ない。

もしなんの対策や準備もなく、原因は「高齢者」だと結論づけ、明日から65歳以上の運転規制をしたらどうなるのでしょうか。

ただの推測でしかありませんが、車にひかれてしまう高齢者が増加する可能性が高くなります。この場合の加害者は64歳以下の人で、同時に被害者にもなり得ます。高齢者が「徒歩」するには不向きな環境にもかかわらず、「徒歩」を強制したのですから、車を運転していた方も被害者です。

車の事故だけではありません。屋外での転倒や転落事故も増加するでしょう。真夏に関しては、熱中症で亡くなってしまう高齢者が増加。歩きが遅いので、途中で食材が傷んでしまい、食中毒になってしまう高齢者も増加するでしょうか。

大雪が降る地域であればどうすれば良いのでしょう。高齢者が雪道を「徒歩」で移動したのでは、命がいくつあっても足りません。外出せず餓死しろとでも言うのでしょうか。

移動手段がなくなれば、家の中で餓死してしまう高齢者も増加するでしょう。確かに、高齢者ドライバーによる事故は減少するかもしれません。しかし、原因を追求し、事故の根本をどうにかしない限り、事故が減る可能性は少ないといえます。

なぜなら、「責任追求」の先が、他の事故割合高い年代へうつるだけだからです。例えば、16〜29歳による運転事故割合は、80歳以上の方より明らかに多いです。高齢者の事故割合が多いという理由で規制されるのであれば、16〜29歳の年代も規制対象にしなければならなくなるでしょう。

そして、70〜79歳と同じくらい事故割合の高い年代は、その他すべての年代が当てはまりますから、誰も乗り物の運転ができなくなってしまいます。誰も乗り物に乗ることができなくなれば、ロジスティクスが崩壊しますから、事故による死亡者数では考えられないほどの人たちが亡くなってしまうでしょう。

誰かのせいにして、誰かに責任を取らせたところで、何も変わりません。ミスをしやすい環境や道具があるのであれば、それを改善するしかないのです。ミスをしやすい人にやめてもらったかといって、そのミスのしやすい環境や道具は何も変わっていないのですから。

心のバリアフリー化とシステムと道具の改善、手段の増加を急がなければ、「理想」と「現実」の差は、なかなか埋まらなそうです。

平成28年における交通事故の発生状況
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